ねずみのトニー(27)、うさぎのコニー(27)、ぞうのポニー(29)。三十路前の彼らはフリーターで「……そろそろ俺らヤバいかも」と思いながらも、毎日を楽しく暮らしている。
キャラクター漫画にしてはリアルすぎる設定の「どうぶつーズ」で、ぐんぐん人気を高めているのが漫画家・フリーイラストレーターのきくちゆうきだ。
キモかわいくて魅力的なキャラクターが生まれた背景、現在の活動の楽しさ、今後の目標などを余すことなく語ってもらった。
自分の将来を考えていなかった10代のころ
単純に絵を描くのが楽しかったんですよ
最初に絵に興味を持ったのは小学生のときでしたね。
10個くらい年上に絵が上手ないとこがいて、その影響で僕も描くようになったんですよ。
当時はスクウェア・エニックスの「バトエン」っていう、キャラクターが描かれた鉛筆を見ながら模写していました。文房具しか机の上に出してないので、授業中に描いても先生にバレなかったんです。たぶん。
ノート1冊が埋まるくらい大量のキャラクターを描いて、仲がいい友だちに見せていました。単純に絵を描くのが楽しかったです。
10代のころは自我が無かった。無でしたね(笑)
中学校では描く頻度こそ減ったけど、絵は好きでした。自分の机にでかでかと「はじめの一歩」や「デビルマン」などのキャラクター画を描いていたんです。担任の先生が美術教師で、机の絵を褒めてくれたのを覚えています。
絵を描くことは好きでしたけど、将来イラストレーターや漫画家になろうなんて思っていなかったですね。というか自分の進路はほとんど考えてなくて、自我がなかったんですよ(笑)だから高校に進学する気もなかったんです。今思い返してもほんとに何も考えていませんでした。
中学校の進路面談のときに担任の教師が「絵が好きなら高校のインテリア科に進め」って。好きなことなら楽しめるし受験勉強をしなくてもよかったので、その通りに進学しました。高校では家具をつくったり製図をしたりしました。
でもね、インテリア科はほとんど絵を描かないんですよ。
今思えばアートグラフィック科もあったんですけど、そっちのほうが絵とか描いてた気がします。自分で進路を決めないからこうなるんですね。これが学びですね。
高校に通いながらも相変わらず進路なんて考えていなくて、インテリアづくりや建設関係に進む気はありませんでした。10代のころは本当に自我が無かった。無でしたね(笑)。
「みんなに愛されるキャラクター」を模索
今とはまったく違う画風で、イラストというよりも絵画だった
絵を本格的に描き始めたのは高校を卒業した後でした。
アルバイトをしながら絵を描いて、SNSに投稿していたんです。するとアートイベントを主催していた方から連絡をいただいて「イベントに出展しないか」と。それがスタート地点ですね。
イベントで同じように絵を描いている友だちができて、モチベーションにもなりました。彼らとは今でも関係が続いています。彼らはデザイナーとして、僕はイラストレーターとして。描くことを軸に長くやりとりできているのは、嬉しいことです。
当時はかえるの絵をよく描いていました。
今とは違う画風で、イラストというよりも絵画だったんですよ。22歳のころにコンテストで賞をもらって、製本化もされました。まったく売れなかったんですけど(笑)。
イラストレーターとして「すごい」がゴールではない
賞をもらったんですけど、なんかダメだなって。
「ドラえもん」みたいにもっと描きやすくてアイコン的な絵じゃないと自分の武器にならないし、お客さんにも覚えてもらえないと思っていたんですね。そこからは、魅力的なキャラクターを模索しました。
それで23、4歳のときに「アントーニオ・ドッピオ」というキャラクターが生まれたんです。アイコンっぽい顔が1つ描けたので、それを画面いっぱいまで増やしてみた。「ウォーリーを探せ」みたいな感じですね。
25歳で印刷会社に入社したんですけど、退社後や休日はひたすら同じ顔を描き続けていました。
自分では会心の出来だと思って、展示イベントに出展したんですよ。
お客さんの反応は「すごい」でした。褒めてはいただけるんですよ。もちろん嬉しかったんですけど、グッズは買ってもらえなかったんです。
イラストレーターとして「すごい」がゴールではないなって。思わず手に取りたくなるような、欲しくなるようなキャラクターを作らなきゃと思いました。
キャラクターにとって、バックグラウンドは必要だと思います
そのときにある雑貨店から「アントーニオ・ドッピオのグッズを置いてほしい」とオファーをいただいたんです。
僕自身、グッズとして販売するなら違うキャラクターにしたかったんですよね。なので、別のキャラクターができるまで待っていただきました。
それで完成したのが「どうぶつーズ」です。
発想の原点は「ミッキーマウス」ですね。主役はネズミに決めていました。
でもそれだけじゃいけない。お客さんに愛着を持っていただくために「ストーリー設定」を細かく設定したんです。キャラクターにとってバックグラウンドは必要だと思います。年齢や性別、趣味、何に喜怒哀楽を感じるのか、どんな関係性なのかを細かく決めたんです。
人気のあるキャラクターはビジュアルが良いだけではなく、きちんとストーリーがあって個性があるから人気になったんだと思います。だからイラストだけじゃなくて1ページ漫画も一緒に作っていました。
会社を辞めてフリーのイラストレーターに
どうせいつか死ぬんだし、やりたいことをやろう
どうぶつーズを雑貨店で展開してもらうと同時に、イベントに出展したんですね。
すると通りがかった人が足を止めて、展示物を見てからグッズを買ってくれたんです。「アントーニオ・ドッピオ」の時とは明らかに反応が違いました。
そこでLINEスタンプを作って販売したら、初月で5000くらいダウンロードしていただいたんですよ。自分では満足でしたね。
LINEスタンプの売れゆきが伸びていたころは、まだ会社員だったんです。
当時、家で「ダウンタウンDX」を観ていて、女性アイドルが「私、毎日2時間くらい半身浴してます」ってトークしていました。すごいな、普通の会社員にそんな余裕は無いなって。このまま会社員を続けてもいいのかと疑問が湧いてきました。
それと「定年までこのまま働き続けられるのか」と自問して「……無理。どうせいつか死ぬんだし、やりたいことをやろう」と思いました。
それから数カ月後、上司に「辞めます」って告げてフリーのイラストレーターを始めたんです。
その後に「COMITIA」っていう同人誌の即売会に、どうぶつーズの1ページ漫画を出品しました。現場に「LEED Cafe comics」という出版社の編集部の方がいらしていて、どうぶつーズを見ていただいたんです。すると「ちょうどキャラクターものの漫画が欲しかった」とのことで「SUPERどうぶつーズ」の連載が決まりました。
漫画家としての喜びと、イラストレーターとしてのやりがい
楽しんでストーリーを作っています
連載当初は苦労しましたね。物語を考えるなんてほぼ経験がなかったので。
はじめは「日常のあるある」を描く漫画にする予定でした。でも思いつかなくて制作が止まってしまったんですよ。
ちょうどその時期に個展を開きました。イラストは漫画と違ってキャラクターたちが日常の世界を飛び出していたんです。担当の編集者の方がその絵を見て「日常系に捉われなくてもいいかもね」って。
それからは気が楽になりましたね。今では担当の方と協力しながら楽しんでストーリーを作っています。
「読者の反応を知った瞬間」は漫画家として幸せ
漫画家としてやりがいを感じるのは、描き終わったときですね。漫画を公開できたときは「がんばったな」って思います。
それと「読者の反応を知った瞬間」は漫画家として幸せです。
漫画を公開してからTwitterで「おもろかった」や「また読みたい」と書いていただけると、テンション上がりますよ。次もがんばろうって思えます。特に「何が起こるか分からない」とか「先が読めない」と感想をいただいたときは嬉しかったですね。
読者のなかで、愛されるキャラクターに育ったら嬉しい
イラストレーターとしてのやりがいは、自分の描いてきた作品を見返したときです。
僕、どうぶつーズも含めて自分の絵が好きなんですよ。だからコレクションというか宝物が溜まった気がする。別に自画自賛しているわけではなくて、クリエイターが自分の作品を好きじゃないとお客さんも楽しくないと思うんです。
当たり前ですけど、お客さんにもどうぶつーズを好きになってほしいって思います。
理想は荒木飛呂彦さんの「ジョジョの奇妙な冒険」ですね。はじめは画風が苦手でした。でも読んでいるうちに、キャラクターが好きになっていく。いつの間にかジョジョを読むときには荒木さんの絵しか受け付けなくなるんですよね。
どうぶつーズも最初は「気持ち悪い」とか「変だ」と思うかもしれません。でも読んでいるうちに動きが気になったり、キャラクターを好きになったりしてほしいですね。読者のなかで愛されるキャラクターに育ったら嬉しいなと思います。
アニメ化、そしてマーベル映画への出演を目指して
出演者の「Tシャツの柄として映り込む」とか
今後の目標はどうぶつーズのアニメ化です。
もっと多くの方に見ていただいて、好きになってもらいたい。それとソフビのフィギュアも作りたいと思っています。
最大の目標というか、夢は「マーベルの映画に出演すること」ですね(笑)。
出演者の「Tシャツの柄として映り込む」とかができたら最高です(笑)。
読者の方にこれからも読んでいただけるように、自分の目標や夢を達成できるように、これからも活動を続けられるだけ続けていきますので、よろしくお願いします。
”戦わない”から実現する”狙わない”おもしろさ
クリエイターや芸術家につきまとう悩みとして「オリジナリティと大衆性とのバランス」がある。「自己表現」を皮切りに創作をはじめ、世間に認知されないと気づいた時点で、大衆の目を気にして”売れる作品”をつくろうともがく。しかし自尊心が邪魔をしてしまう。どうしてもオリジナリティを捨てきれない。「なぜ認めてくれないんだ」。最後にはお客さんと戦ってしまう人間は多い。
その点、きくち氏はとても自然体だった。肩肘を張らずに、柔らかく、ときにユーモアを交えながら自分の過去について話す姿に魅力を感じた。彼はいい意味で”戦っていない”。はじめから「お客さんを楽しませることだけ」を一直線に見据えている。謙虚に自分を見つめて画風を変え、褒められたら素直に喜ぶ。「おもしろそう」だと思うことに逆らわない。彼は笑える作品を狙わずに生み出しているのだ。
ただし、決してボーッと佇んでいるわけではない。人一倍ものづくりに真剣なのも確かだ。その結果として、きくち氏にしかない画風が生まれた。これはエゴではない、人を楽しませるためのオリジナリティだ。彼にとっての武器であり、魅力の源になっている。
どうぶつーズはもちろん、ぜひそのほかの作品にも注目してほしい。筆者がおすすめしたいのは「何かを掴んでないとどこかに飛んで行っちゃうアザラシ」。これまた新感覚のユーモアを味わえる四コマ漫画である。
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