都電荒川線 庚申塚 停留所前の目先にある”甘味処いっぷく亭”
お店がホームに隣接しているという独特な場所。
そんな多くの人が行き交う場所で、一息つける憩いの場を提供している。
お店の始まりから、今後の目標まで店主の神宮さんが話してくれた。
甘味処いっぷく亭
みんなが一息つけるようなところ
はじめまして。都電荒川線の庚申塚停留所前で「甘味処いっぷく亭」を営んでいます、神宮と申します。
当店は2019年の4月末で28年目に入り、私はそこの三代目になります。と言いましても、代替わりして未だ4年目の未熟者ですが、本日は宜しくお願い致します。
甘味処を始めたきっかけは、以前、店の近くに「和作」と云うお蕎麦屋さんで祖母がパートしていまして、おはぎ(ぼた餅)を販売していました。その祖母が30年ほど前に巣鴨という場所柄「みんなが一息付けるような場所はどうだろう?」と考え、始めたのがきっかけです。その頃は周りにそういうお店が無かった様です。
そもそも改札ないですよ
お店が電車のホームの目の前という場所なので、だいぶ独特だと思います。都電をご存知ない方からすると「改札を抜けないとお店には行けませんか?」や「ホームはお金が必要ですか?」等の問い合わせがあったりしますね。都電はバスと同じで車内で支払うシステムなので「改札ないので気にせずに~」と答えてます。電車イメージだと解りづらいですよね。
都電荒川線は早稲田と三ノ輪橋を繋いでいるのですが、早稲田近辺や停留所から都電に乗ると「お寺」や「神社」があるので、そこでお参りした後など、散歩ルートの中継やゴールとして組み込んで来てくれる方が多数ご来店下さいます。あとは巣鴨から歩いて地蔵通り商店街を抜けて当店で一息つき、都電に乗って帰る方が多いですね。
都電はもう100年以上続いてます。昔は沢山路線があったけれど、時代の流れから都電から都バスに変わり、残ったのが荒川線の1路線になりました。
都電の停留所は基本的に乗降のみでギリギリ人がすれ違える位なのですが、ここ(庚申塚)は巣鴨のお地蔵さんが近く、お年寄りの方も多く利用する事や、世間的にバリアフリー化が進んだ事により、乗降しやすい様にホームの高さが上がり、そのタイミングとお店を作るタイミングが合って、停留所と隣接した感じです。
今は都電沿線の中で、ここ(庚申塚)位しか停留所に隣接しているお店はないかな。道路拡張等で、少しずつ減っていると思います。
店を始めた当初は、皆さんKIOSKU(キヨスク)だと思ってたみたいです。
1年間プータローでした
前職、私は花の仲卸し会社に勤めていました。大変お世話になっている社長や先輩の下で8年ほど勤めていましたが「解散」したのが35歳の冬頃。
突然の解散で他の道を考えていなかったので「さて、どうするかな?」となり、既に結婚して子供が居たので生活面を考えている最中に「良い機会だし(自分で)何かやるか?」と漠然とした想いが沸いてしまい「それなら今一度、色んな職を見てみよう」と1年間プータローしてました。
冷静に考えなくても不安だらけでしたが、それで塞ぐ性格じゃないというか。それより「チャンスだ!」と勝手にワクワクしていた感は強かったですね。
「本当に好きな事だけやって生きていけないか?」と考える様になり「好きな事とは?」と突き詰めた時、元々、20年ほど前から音楽バンド活動をしていて、その中でイベントを催すのが好きだなと。それなら、その部分を「今まで以上に掘り下げたらどうかな」と。今思えばメチャクチャ甘ちゃんでした。
先ず行ったのは、昔から付き合いのある方が巣鴨で獅子王というライブハウスをやっているので、そこでブッキングやイベンターをやらせて頂き、内側から勉強させてもらおうと相談しに行きました。そこで「どうやったら仕事に繋がるか?」を肌でも学ばないとと思って。でも、それだけじゃ到底生活出来ないので、友人の掃除屋さんにお世話になったり、移動販売車でタコスを売ったり、選挙カーの運転等々していましたね。
1年間猛スピードで色々な業種や会社を見て体感している最中、先代(父親)が「(いっぷく亭を)しめる」的な話を急浮上させて、それは嫌だなと。個人的に「好きだし、いつかはやりたい」と思っていたので「これもタイミングか」って。幸い定職に就いてないから動けるし、猛スピードで見て来た部分を「試してみたい」と覚悟決めた感じです。
花の仲卸しを始めた頃から店を手伝っていた事もあり、自分なりに妄想して準備してきたつもりでしたが、始める前からめちゃくちゃバタバタで、いざ始められたら妄想と全然違っていて、ぐうの音も出ないくらい瞬時に叩きのめされました。
もう戦うしかない
雰囲気作り
今まで全く料理に携わった仕事をして来なかったので、非常に悩みました。身内や仲間内に食べてもらうだけなら最悪食べれたら良いとも思うけど、商売となるとそう云う訳にはいかない。当たり前な事なんですが、その当たり前な事が最初の関門で、今でも最大の関門です。
料理を「お客様に提供する物」と考え、やり始めてから「味」は勿論、「見栄え」等も非常に大事だと気付きました。それまで居酒屋や食べ物屋に行っても何も気にしてなかったけど、店を始めてからは「何でこの器にしたんだろう?」「何でこのお箸なんだろう?」「盛り付けはどうしてこんな綺麗にできるんだろう?」と頭の中でグルグル永遠に考えてました。
メニュー表も「どうやったら見やすく作れるかな?」とか考えたり。
全てが初めてで未経験かつ知識ゼロからのスタートだったので正直戸惑いました。逆に知識が無い分、囚われないという良い部分もあるとは思うけど、最初はそんな事考える余裕は全く無かったですね。
時には流行っているお店をリサーチして「何故お客様が入るんだろう?」とか「どうやって呼んでいるのかな?」と、見に行って自分なりに吸収しに動きました。気になったお店には突撃してお話を伺ったり、同じ様に飲食に携わっている友人、全くの異業種の友人達の話を聞き集めたり。その中で「ここにしかない立地」を最大限に生かしながら「自分が行きたいお店作り」を目標にしようと。
今は模索しながら少しずつ雰囲気作りをしている感じです。
ただ店を始めた当初は何が正解かさっぱり分からなくて、ずっとドキドキでしたね。
もっともっと
店では焼きそばもやっています。先代が15年くらい前「甘いものだけじゃなくて食事の方も置こう」と考えて始めました。
けど焼きそばって、ソウルフード的な部分で、さほど気取る物じゃないと思うし、料理出来る方なら割りと楽に作れる品だと思うんですよね。
それでお金を頂戴する段階に自分がなった時「今までの焼きそばじゃダメだな」と。完成された作り方を真似しても意味が無いし、やりづらい。それなら自分なりにレシピや作り方を試行錯誤して行こうと。
そこからは作っては試食して、同時にスタッフや友人にも試食してもらって感想貰い、また試行錯誤して改良するの連続でした。例え、スタッフや友人が「おいしい」と言ってくれても、まだお客様の評価が少ないから、どれが正解なのか分からない状態。
試行錯誤を繰り返している間に、人それぞれ好みはあるから、自分がちゃんと「おいしい!」と自信持てるまで作り続けるしかない。それが自分だけの「おいしい!」じゃなく、なるべく多くの方々に言って頂ける物を作る事に神経を研ぎ澄まそうと、軽く開き直りました。
でも、最初は「もう二度と来ない」や「こんなまずい焼きそばなんて二度と食わない」とか「もう買わない」と言われて、相当ショックで落ち込みました。まだ慣れていない時、お客様からの注文が重なって提供までに時間がかかってしまった時があって「まだかよ!」って声が聞こえた時はギクッと。
このままじゃヤバいと内心ハラハラしたし、怖かった。
でも、落ち込んだままではいれないし、やっていくしかないんだから「如何なる時でも味がブレず、おいしい焼きそばを待たせず提供するには、どうしたらできるか」を、より真剣に考えるようになりましたね。お客様の声は全て糧になってます。
本番は練習じゃないけど、常に成長するという意味で「本番の練習」そういう過程の中でもう戦うしかないなと。
まだまだ完成は先だし、これからも改良や調整や挑戦はして行くとは思いますが、今は少し基本的なベースは出来てきたかなと思ってます。それは(甘味処なのに)焼きそばを食べに来てくれる方が単純に増えていたり「おいしい」と言って頂ける事が増えたので、そこは少し安心しています。
現場は直ぐに生の声が届くので、それが自信や方向性に直結して解りやすく、それが凄く嬉しいです。それに性に合ってるなと。今のところの方向は間違っていないかなと思っています。
私より手際の良い方だったり、器用な方は沢山いると思うのですが、今は1つ1つ「自分の最大です!」と思いながら「いってらっしゃい」と覚悟して出してます。でも、もっと上手く綺麗にと毎枚更新をモットーにしてます。
全部をプロデュース
焼きそばの話を結構しましたが「甘味処」なので甘い物、特に「おはぎ」が当店の主役です。握りたてのおはぎは、ほんのり温かくて、ほんと美味しいです。その引き立て役って言い方は変ですが「焼きそば」だったり「ところ天」があったり。
ちなみに、当店の「ところ天」や「あんみつ」は抹茶の寒天を使っているので、味や見た目、食感が独特だと思います。あまり他にないかなと。ところ天に関しては、この店にしかないものを提供したくて、寒天屋さんに頼んで作ってもらっています。
小豆(あずき)の餡子(あんこ)は自家製の餡子で中々好評です。人それぞれ好みはあると思いますが自信あります。1番広めたいのは「おはぎ」という狭いジャンルですが、その部分で戦っていきたいと思ってます。
結局は自分が見て「美味しそう」って思うか思わないかが線引きなのですが、お客様が見た瞬間に「まぁおいしそう」「食べたい!」ってなって頂ける品にしたいですね。
食べちゃえば一緒だとは思いますが、まず脳で感じ、次に舌で感じる。味は勿論ですが、持論としては脳育や舌育は大切だと思ってます。
お店側は食べ物だけでお金を頂いてる訳じゃなく「いらっしゃいませ」から「ありがとうございました」までの全部をプロデュースして、ご来店下さったお客様が満足して頂けたら頂戴出来る物だと根本思っているので「最低満足、目標は大満足させたい」と思っています。
人生をより豊かにするもの
時間がご褒美
僕自身、甘い物は好きですね。ついつい食べちゃいます。
ただ、甘味って嗜好品というか、食べなきゃいけないものではないと思うんですよ。ちょっとそこは前職の花にも通じるなと勝手に思ってるんですが、そういうのが好きなんですね。人生を豊かにするもの。
あんこ(おはぎ)の様な甘味は庶民的だけど贅沢品だし、手軽だけどご褒美だとも思います。でも、無いよりは有る方が良いよね!と云う物だと思うし、そこって結構繊細だと思うんです。ご褒美にならなかったら意味がないと思うし。「トータル大満足」根本そこしか考えず、尽力向けてます。
場所柄、年配のお客様が多かったりするので、冬だったら「今日は寒いね、風冷たくない?」とか声かけてコミュニケーション取るのは大事だと思ってます。でも、単純に私が話し好きで、ただ話したいだけなのは大いにあります。
また食べたいなと同じくらい、また話したいなとも思って頂けたら最高ですね。そんな空気感というか場所を手探りで作り上げてます。食べ物だけじゃなくて、その場や時がお客様自身へのご褒美にならなきゃ存在の意味がないなと。
気合いと愛
今まで音楽イベントをやった時も『この空間や時間を大事にしたい』っていうところに繋がってると思います。大胆に言っちゃえば音楽が無くても、聞かなくても死にはしないと思うけど、あった方がいいよねっていう部分は、これまた甘味や花と同じだと思っています。
1日を良くしようとか、この場所を良くしようって気持ちが元々強いのかな。
その辺りはエンターテイメントというか、考えて作り上げ、来てくれたお客様を楽しませたい。甘味や花に比べて、僕にとってのバンド活動は掲げた目標とは別に『ハッ』とさせたいとか『衝撃を与えたい』や、初期衝動や精神安定剤的な部分も大きいので細かく云えば違いますが。
ただ基本的には、気合いと愛ですね。自分なりに相当ギュッと縮めると、それしかないかなと思ってます。
実際「やる」か「やらない」なら、やるしかないし、やれば結果は着いてくる。正直、相当怖いけど、賛否両論や失敗も受け切る覚悟さえ持てば、そこそこ大丈夫だし、ほぼ乗り越えられると思ってます。
「これおもしろいね」って言う人もいれば「そんな事やってんのかよ」って言う人もいるし、その受け方が大事だと思います。受けの美学というか。なるべく痛く無いように鍛えたり、何かやる時は根本痛いのは覚悟ですね。全部ひっくるめて気合いと愛です。
色んな角度で見よう
巣鴨も面白い方が多いですね。お店に1人で来て、たまたま席が隣同士になったお客様同士が意気投合して友達になったり。
「またここで会いましょうね」みたいな感じで話しているのを聞くと「いいね!」と思います。憩いの場になってるんだなと、そういう雰囲気になってるのかなと。
やっぱり店内がギスギスしていたら直ぐに帰っちゃうだろうし、絶対に落ち着かないと思う。それは忙しい時こそ心掛けてますね。居心地悪い店にまた行こうとは成らないと思うから、気にしてない様で色々と気にしつつ、トータルで良い雰囲気を作ろうと心掛けてます。個人的には清潔なトイレは必須ですね。
この甘味処をやり始めて、人と人が出会ったり、料理を食べてもらっておいしいとか、また来るねって言ってくれた時に「やりがい」を感じます。やって良かったって、本当に嬉しいです。
さっきも云いましたが、お客様の声は全部が糧になっていて、それがあったから純度が増せて来たと思います。まだまだだけど、完全に愛の鞭でぶっ叩いてくれました。今は一つ一つ着実にクリアして行こうと努力してる段階で、きっとずっとその段階だと思ってます。
1つの場所に長くいるからこそ見えてくる物があるとは思うけど、主観でしか見る事が出来なくなりがちだと思うから、なるべくフラットに俯瞰で見る様に心掛けたり、できる限り自分の中で色んな角度で見ようとしてます。いつも初見というか、どんなお店になってるかなとか、色んな人の意見を聞いて自分なりにラフに見てます。
自信はないけど、見えない自信を持ちながら「まだもっとできることあるんじゃないか」と考えて、いいところは伸ばしたいし、悪いところは減らしたいし、そこは研ぎ澄ましていかねばと思っています。
今後の目標
絵空事
今後の目標じゃなく、単純に絵空事なこと、面白いかもと少し思うのは海外出店ですね。
具体的にドコとかは無いけど、庚申塚が本店で2号店が海外なのは若干面白いかなと。ネタでしかないですが。でも、おはぎを海外に持っていきたいと思う時は時々ありますね。
日本だけじゃないけど、日本の文化や食も海外から注目されてると思うんですよ。想像を絶する試練が多そうで今はそこまでクリア出来る余力は無いですが、本気になれば出来る方法を考えると思う。
もし形になったら、そういう話題は活力にもなると思うんですよね。「あいつが出来るなら俺でも出来る」とか。
実際、私は周りの影響を強く受けていて、特に友人や知人の影響力は半端なく、いつかはそういう原動力になれたら嬉しいし、なりたいと思っているから、色々試練はあっても前向きに行くっきゃないなと思ってます。
知ってもらえるのをまず頑張って
あと展望としては都電荒川線とコラボしたいと考えています。店として、都電や巣鴨におんぶに抱っこだから、烏滸がましいけど、いつか「何かできれば」と思ってます。
この辺の商店街の方々とも少しずつ交流していくのも目標です。貢献なんてまだまだ先の話しだけど、何かの為に、みんなの為に、地域の為になれたら嬉しいし、それもいつかなりたいと思ってます。
でも今は「都電のおはぎ屋」がベストで、みんなに知って頂ける様になりたいと思っています。
今はそれの途中。
いろいろ話しましたが、ずっと昔に音楽(バンド)で生きていくと決めて、その時抱いた夢という淡い物がまだありまして。
馬鹿な話ですが、以前、20歳くらいの時に東京ドームの野球グッズを管理するバイトをしてた事があって、その時にザ・ローリング・ストーンズのワンマンライブがあったんです。
ストーンズのメンバーが当時60歳ぐらい。たまたま、そのライブを感じれた瞬間があって、その時に飛んできた音圧というか、魂圧が半端なくて一撃でやられました。刺された感じ。
元々ストーンズ好きなのもあるけど「これは60歳で東京ドームのステージに立てたら完全に勝ちだな」と。誰かに対しての勝ちじゃなく、対自分との勝ち負け。
でも当時ワンマンライブに興味が無く、それより色んなバンドが出るイベントの方がきっと面白いぞと。今で云う「○○ロックフェスティバル」みたいな感じですね。
それを60歳で企画して催し、ステージに立って仲間のバンド達と東京ドームを埋め尽くしてやろうと思ってます。誰かやったら興味なくなっちゃうとは思うけど。もし開催出来て、そのイベントが無事に終わったらキャンピングカーを購入し、そのまま最後までキャンピングカー生活が理想ですね。流浪しながら、たまに弾き語りやライブしながらホットドッグを売って生きて行こうと決めたんです。
でも今となっては、ホットドッグだけじゃなく、焼きそばも作れる様になってきたし、おはぎもやれる。『移動甘味処か…それ面白い!』と思って来てます。結構本気なんだけど、さぁどうなるかな。
今はそれの途中ですね。
全てに愛を持って
独特な場所にある『甘味処いっぷく亭』。
駅のホームで、商店街もある。いわゆる”人間交差点”とも言えるような場所で、
多くの人に愛を持って接しているのが店主の神宮さん。
音楽・花・甘味。
人生のご褒美と言われるものを大切にし、お店に来たお客様や都電、巣鴨にたくさんの愛を注いでいる。
夢はバンドで東京ドームをいっぱいにすること。そんな、どこか少年のような心を持っている店主がいることが、多くの人の人生を豊かにするのかもしれない。
近くに寄った際は『甘味処いっぷく亭』でぜひ気持ちの良い”いっぷく”をしていただきたいと思う。
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