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ボールペンだけで写真のような動物を描く画家・磯野キャビア

ART

2019.3.8

大口を開けたワニ、毛並みが美しいキリン、飢えた目のハイエナ。リアルな息遣いや生き物としての表情を、カラーボールペンだけで描いているのが、画家の磯野キャビア氏だ。

生活のなかで何度も使うボールペンだが、絵画として使うアーティストは少ない。なぜ、彼は絵筆ではなくボールペンを握ったのか。ボールペン画ならではのおもしろさとは何か。そしてどうして動物にこだわって描くのか。じっくりと語ってもらった。

映像業界から、ギャグ漫画の世界に

バイトで画材店に入って、趣味で漫画を描きはじめました

もともとは映像業界に憧れてて、多摩美術大学の芸術学学科で映像を専攻したんです。

大学を卒業してからは、テレビや映画のロケ地を探す会社に入りました。目指していた業界だったんですけど、いざ入ると寝る時間もないほど大変だったんですよね。理想と現実のギャップが大きくて、3カ月くらいで辞めちゃいました。

ものづくりに対する情熱は残っていたので、その後テレビや映画の大道具や小道具を作る会社に就いたんです。
でも、その会社も勤務時間より残業が長いくらい忙しくて、結局辞めてしまって。

そこからバイトで画材店に入って、趣味で漫画を描きはじめました。

「磯野キャビア」というペンネームは当時から使っています

映像を作るときには「絵コンテ」を作ります。絵コンテとは映像のストーリーや流れを、簡単な絵で表したものです。漫画に近いものを感じました。それでチャレンジしやすかったんですよね。

「磯野キャビア」という名前は漫画を描き始めたときに付けました。

かなり攻めたギャグ漫画を描いていましたね。「世界が滅亡した後の世界に、たった1つだけ残ったコンビニ」を舞台にしていて(笑)。コミックマーケットに出展したら、定期的に買ってくださる方もいたんです。今でも続編を描かなきゃなって、ちょっと思ってます。

ボールペン画は強烈なオリジナリティ

リアクションがくるのは、ボールペンで描いたことが分かった瞬間

画材店ではボールペンの発注を担当していました。

いざボールペンに関わってみると、意外にもカラーバリエーションに富んでいるなぁって。これだけ色があったら、絵を描けるんじゃないかって思ったんです。それで、店内のポップに猫を描いてみたんですよね。同僚からもお客さんからも、かなり好評でした。

カラーボールペンだけで写実的な絵を描いている人って、少ないんじゃないかって思ったんですよ。調べたら海外にはSamuel Silvaさんっていう方がいたんですけど、日本人はいなかった。これはオリジナリティになると思って、本格的にボールペン画を始めたんです。

猫の絵をイベントに出展したら、そこでもウケた。

たくさんの人が立ち止まって見てくれましたね。まずは写実的な絵に注目してくれるんですよ。でもイチバン大きなリアクションがくるのは、ボールペンで描いたことが分かった瞬間なんです。やっぱりボールペン画は強烈な個性なんだなって、確信しました。

動物の羽や毛、シワを描くのにボールペンが向いている

はじめは猫の絵だけを描いていたんですよ。

それだと使う色彩や表現技法が限られてくるんですね。それで他のモチーフにも触手を伸ばし始めました。人物画でもよかったんですけど、ボールペンの良さを生かしきれないなぁって。

若い人の肌はつるっとしていて、繊細な表現が要らないんですよね。ボールペンの強みって、もっと精密な機微を描けることだと思ったので、動物に絞りました。

動物の羽や毛、シワを描くのにボールペンが向いていると思ったんです。

イベントで絵を見てもらうなか、NHKの番組で特集していただきました。知名度もグンと高まって、よし絵だけで食っていこうって。画材店のアルバイトをやめて、ボールペン画に専念しました。もともと、絵描きになれたなぁとは思っていたんですよ。テレビ出演が、いいきっかけになりましたね。

ボールペン画ならではのおもしろさとは

わかりやすく感動を与えられるんじゃないか

ボールペンって、誰しも一度は手に取ると思うんです。

文房具としてもすごくメジャーなツールだと思います。メモを取ったり署名したりと、文字を書くために、毎日にように使っていますよね。

でも絵描きのツールとしては、とてもマイナーなんです。

だからまだ知られていない表現の技法がたくさんあって、そこを追求するのにおもしろみを感じますね。

例えば色を混ぜること。

アクリルとか水彩だと、まず出したい発色を作ってから、筆に染み込ませてキャンバスにぶつけますよね。ボールペンは直接キャンバスに重ね塗りすることで、理想の色合いを作っていかなきゃいけない。

苦労しますけど、発見もあって楽しい作業ですね。だから絵に向かっていないときも、家でひたすらボールペンを重ね塗りしたり……。こんな作業をやっているのは、日本でも僕だけじゃないかな(笑)。

それと「ボールペン画」で勝負したいので、あえて奇抜なモチーフは書かないようにしています。印象画や抽象画だと、作家の想像力に価値が生まれると思うんです。

僕は「ボールペン」という技法に注目してほしくて、ブレたくない。

だから動物を写実的に描くことに力を入れていますね。ボールペンで写真みたいな絵を描くって、シンプルに「すごい」と感じてもらえると思うんですよ。分かりやすく感動を与えられるんじゃないかなって。

モチーフとしての動物への愛情

海外のアマゾンやジャングルに行ってモチーフを探したい

動物を描くときに気をつけているのは、背景をほとんど描かないことです。

だいたい一色で塗りつぶしていますね。動物を際立たせたいんですよ。背景に木々や岩みたいな自然の風景を入れ過ぎると、写実的な動物が際立たなくなるでしょう。観てほしいポイントがズレちゃうんですよね。観る方の目線をできるだけ動物に絞りたいんです。

モチーフを決めるときは、まず動物園に行きますね。

あらかじめ描きたい動物が決まっている場合もあるけど、基本的には園内で気になった種を撮ります。理想の構図があるので、シャッターチャンスが訪れるまでは持久戦ですよ。

一度、ナマケモノを撮ろうと思ったのですが、これがまぁ動かない(笑)。

何時間も檻の前で待っていたら飼育員さんが、エサの時間を教えてくれて。結局、エサを食べるときもほぼ動かなくて、理想の1枚を撮れなかったんですけど(笑)。

今は、もっと生き生きとした動物の姿を描きたいという気持ちが湧いています。

だから動物園ではなく野生の生物をボールペンで描きたいですね。最終的な理想としては海外のアマゾンやジャングルに行ってモチーフを探したいと思っています。モチーフが変われば、絵も大きく変わるでしょうね。とても楽しみです。

作品の奥に見え隠れするユーモアセンス

ボールペン画という繊細なアートは、圧倒的なオリジナリティだ。ボールペンという文房具でもメジャーな道具を用いている点がおもしろい。「文字」ではなく「絵画」に視点を変えるだけで、大きな強みに変わる。

「『ボールペンだけ』というルールがあるから、アイディアが生まれる」と磯野氏は楽しそうに語る。ボールペン画は、逆転の発想から生まれた個性に違いない。そこにはユーモアがあり、人を楽しませようとするエンターテインメントがある。ギャグ漫画家としてのセンスも感じられた。

1日描き続けても、ハガキ1枚分しか進まない。大変な労力を費やしても次々に作品に向かえるのは、ポジティブでユーモラスな精神を持っているからなのだ。

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