表面がこんがり焼けた、ふかふかのパンの数々。
思わず手に取って口に入れたくなる仕上がりだが、それはパンではない。クッションやイヤーマフなどの雑貨である。その完成度の高さで全国各地のファンから愛されているのは、パン雑貨を専門に作る2人組・マリさんベーカリーだ。代表を務める北川佑子氏にグッズを作り始めたきっかけや、パンをモチーフにした理由などを訊いた。
小物作りに夢中だった小学生のころ
繊細な色使いや、細かい描写に影響を受けました
ものづくりに初めて触れたのは祖母の影響です。
手先が器用で、幼い私に浴衣を縫ったり、お人形を作ったりしてくれていました。彼女は絵を描くのも上手で、祖母の家には壁いっぱいに見事な絵画作品が飾られていたことを覚えています。
祖母が生み出す繊細な色使いや、細かい描写に影響を受けました。
小さい子どもながら祖母の真似をしていました。母からはぎれや毛糸をもらっては、小物を縫ったり、お人形を作ったりしていたんです。
祖母の持っていた本を参考にしながら、編み物や織物にも挑戦していましたね。
小学校の高学年くらいになると、模様編みもマスターしました。複雑な柄のセーターやマフラーを編めるようになっていたんです。
だから毎年、クリスマスの時期には父や母に編み物をプレゼントしていました。引っ越しを重ねるうちに失ってしまいましたが、いま考えると大事に取っておけばよかったですね。
「自分が作りたいから作る」という気持ちを大切にしたかった
当時から「欲しいものがあったら、とりあえず自分で作る」が普通でした。
「どんな材料を使おうか」「編み方はどれにしようか」と考えるのが、楽しくて仕方なかったのを覚えています。でも、将来ものづくりを仕事にするなんて想像もしていませんでした。
「作りたいものを作る」という気持ちを大切にしたかったんですよ。
仕事にすると、誰かの指示に従わなくてはいけないかもしれない。ものづくりを強制されることが嫌だったんです。
パンをモチーフにした雑貨作りのきっかけ
おいしそうな挿絵は、大人になった今でも鮮明に思い出せます
幼いころから「おいしそうな食べ物が登場する絵本」を、よく読んでいました。
小学生のころは図書室に通うことが日課だったんです。お料理を作ったりおいしいものを食べたりする物語の本が好きでした。
小人がジャムやプリンを作ったり、おばあさんがお鍋いっぱいのシチューを煮込んでいたり、森の動物たちが大きなケーキを焼いたり……。
当時好きだった本に登場するおいしそうな挿絵は、大人になった今でも鮮明に思い出せます。
絵本に出てくるパン屋さんみたいな世界を作り出したい
特に、パン屋さんが登場する絵本を眺めるのがお気に入りでした。
こんがりきつね色のパンが棚いっぱいに並んでいる挿絵を覚えています。ふんわりと魅力的な香りが漂ってくるようで、眺めているだけで幸せな気持ちになりました。
ただ「食べたいな」とは思わなかったんです。
「絵本に出てくるパン屋さんみたいな世界を作り出したい」という感覚でした。
「欲しいものは自分で作る」という気持ち
大学生になってアルバイトをするようになり自由に使えるお金ができたので「食べ物をモチーフした雑貨」を収集し始めます。
なかでも特に「パンの形の雑貨」が好きで「部屋をパン屋さんみたいにしよう」と密かに野望を持っていました。
しかし当時、パン雑貨は、ほとんど見つからなかったんです。
だから覚えたてのインターネットで輸入雑貨のお店を探しては、海外からパン型の雑貨を少しずつ集めていました。
パンをモチーフにした雑貨は貴重だったので、食パンの食器やフランスパンの電話機、クロワッサンのクッションなどを見つけたときは、飛び上がって喜びましたね。
それでもパン型の雑貨は、少なくてなかなか増えなかったんです。
そこで「欲しいものは自分で作る」という気持ちを思い出しました。パンをモチーフにした雑貨を作りたくて、うずうずしてきて。それが雑貨を作り始めるきっかけになりましたね。
もっと価値がある作品をつくるために
作り方を模索していました
大学卒業後に近所の会社で働きながら、空いた時間で小物を作るようになったんです。
最初の作品は今でも覚えています。布とファスナーで作ったメロンパンやあんパン型のポーチです。
当時は、作り方を模索していましたね。
こんがりした焼き色をつけるために、茶色いはぎれを貼り付けたり、絵の具を塗ったり、スプレーペンキを吹き付けたりと、思いついたアイディアを片っ端から試しました。ものづくりが好きだったので、雑貨のアイデアはいくらでも沸いてきたんです。
今の作り方に落ち着くまで、ダンボール箱何箱ぶんも失敗作の山ができました。
売れるレベルの雑貨を作れるようになろう
当時、ネット上に趣味で作ったものを投稿できるサイトがあったんです。
「せっかく作ったのだから記念に……」と写真を撮って、いくつか投稿してみました。
すると見た方から「売ってほしい」というメールが来るようになったんですよ。
でも手芸や洋裁を本格的に学んだことはなく、独学で作ったものなので自信がありませんでした。だから始めはお断りしていたんです。
なかには「どうしても欲しい」と何度も熱心にメールをくださる方もいらっしゃいました。「売れるレベルの雑貨を作れるようになろう」と決心したのはそのときです。
作品たちはすべて手縫いだったので、1つ作るのに何日もかかっていたし、縫い目も不揃いでした。速く綺麗に作るためにと、家族に勧められて初めてミシンを使い始めたんです。機械や電化製品が苦手で、それまで敬遠していたんですよ。
ミシンのおかげで1日に2、3個ずつ作れるようになりました。縫い目も揃ってきたので、いよいよインターネットで販売をし始めます。
また友人のアドバイスで、ハンドメイド作品を販売するイベントにも出品するようになりました。
作品を通してつながりが増える喜び
つながりができた気がして、嬉しくなるんです
「かわいい」「おいしそう」と感想をいただいたときがイチバン嬉しい瞬間ですね。
私はあくまで「こんなものができたよ、見て!」と、お披露目する感覚です。でも私と同じように「おいしそうな雑貨」が好きな人というのは、意外とたくさんいらっしゃるなぁと感じますね。つながりができた気がして、嬉しくなるんです。
雑貨を作り始めたころは周りに同じ趣味の人がいませんでした。
1人で作って1人で喜んでいただけだったんです。今は、インターネットでまったく知らない遠方の方からも「好きです!」と感想をいただけるし、作品を買っていただくこともあります。
同じ趣味の人たちと一緒に楽しめていることが、モチベーションになっていますね。
私は関西在住なのですが、おかげで遠い北海道や九州にもお友達ができました。
「次は、こういうのを作ろうと思っているんです」「それは楽しみ!できあがったら見せてね」と、やりとりをしながら新たな作品を手掛けられるのは、楽しいですね。
それと、たまに自分が考えもしなかったアイデアをもらうこともあります。
友人・知人のアイデアを自分の手で形にできることも、やりがいです。
「おいしそう」を生み出すための工夫とは
手芸で使わないような材料や道具を取り入れている
作品にはいろんな工夫を凝らしています。
普通だったら手芸で使わないような材料や道具を取り入れているんです。
「こんがり感」を出すための着色の方法や、ニスのように表面をカチカチにせずにツヤを出す加工方法などを模索しました。
制作中は、文房具店やホームセンターで手に入る”謎の道具”がたくさん登場します。
単に茶色い布を使ったり印刷したりするだけでは「おいしそう」にはなりません。
ただ単にパンをモチーフにした雑貨を作るのが目標ではないんです。焼き色や感触に力を入れた「おいしそうなパン」に仕上げたいんですよ。
パンの写真を布にプリントすれば、リアルなパンにはなるでしょう。
でも私はあくまでも自分の手で「おいしそう」な作品を作りたい。だから10年以上が経った今でも、すべて手作業で着色しています。
作り手のこだわりって、受け取った相手にも伝わる
「ふかふか感」にもこだわっています。
ポーチやバッグに加工するときは、縫い目でパンのシルエットが潰れてしまうんです。だからあえて裏側から手縫いでまつっています。手間と時間はかかりますが「ふかふか感」や「こんがり感」を演出できたときは、達成感がありますね。
購入してくださった方からも「マリさんベーカリーのパン雑貨は焼き色とふかふかの手触りが本物みたいでおいしそう」だと言っていただけます。作り手のこだわりって、受け取った相手にも伝わるものなんだなぁと嬉しくなりますね。
子どものころから変わらないマインド
楽しませる作品をカタチにするには、作家自身が誰よりも楽しむべき
マリさんベーカリーでは、受注制作を一切引き受けていません。
それは人に言われて作ることが好きではないからです。子どものころから変わっていない感覚です。
サイズや形状、金具などを細かく指定されるほど「わくわく」が、ものすごい勢いでしぼんでしまいます。
「こんなのが欲しいな」って、ひらめきを聞くのは楽しいんですよ。でも材料や作り方を考える楽しみは、私に取っておいてほしいと思っています。
例えば、友人がふと「イヤーマフの、耳に当たる丸い部分がパンだったら面白いよね」と言ったことがありました。
「作るわ」
絶対、可愛くておいしそうになると思った私は即答したんです。
「どんな大きさで、どんな材料で、どんな色にしようかな」と、わくわくが止まらなかったのを覚えています。
その冬に、メロンパンやあんパンをモチーフにしたイヤーマフを完成させました。
イベントに並べると大好評で、テレビや雑誌でも取り上げられ、タレントさんや声優さんにもご愛用いただけるようになったんです。それ以来、毎冬につくる定番作品になっています。
これも、友人が自由に作らせてくれたおかげです。
材料やサイズなどを細かく指示されていたら、きっと作れなかったでしょう。
人を楽しませる作品をカタチにするには、作家自身が誰よりも楽しむべきだと思うんです。
作品を通してメッセージを送る素晴らしさ
口で伝えるよりも届けられる
実際のパン屋さんには「パンダ」や「かめ」などをモチーフにしたパンが多くあります。
マリさんベーカリーでも「焼きたてパンダ」「こんがりかめさん」と名づけて、ぬいぐるみやアクセサリーにしているんです。
そのおかげで、最近はパンだけではなくパンダやカメ雑貨のイベントにもお誘いいただけるようになりました。作品を通してパン雑貨だけではなく、パンダやカメ好きの方々にも出会えるチャンスが広がったんです。
実は昔から鳥モチーフや、和雑貨などにも興味があります。さらに多くの「かわいくて、おいしそう」な作品を増やしたいですね。作品を通して、もっと多方面の作家やコレクターさんたちとも交流できたらいいなと思っています。
私自身は話し下手で、自分の好きなことや言いたいことを、うまく話せません。だから自分のこだわりをつめこんだ作品を通して「私、こういうのが好きです!」と発信しています。
「かわいくて、おいしそうなものって、眺めているだけで嬉しくなりますよね!」「もしあなたも好きだったら、どうぞ見ていってください! 楽しいから!」っていうメッセージを、口で伝えるよりも届けられると思うんですよ。
クリエイターの楽しさは、ファンに伝播する
以前、マリさんベーカリーのイベントブースにお邪魔した。
彼女たちの作品に集まったお客さんは、特に明るい笑顔だったことを覚えている。今回のインタビューでその理由が少し分かった。作家自身が誰よりも楽しんでものづくりをしているからだ。おもしろいから追求できる。失敗しても挫折しないし、工夫を凝らすことに前向きになれるのだろう。すると作品に魅力が生まれる。「パン」というモチーフに共感するファンも、自然と笑顔になるに違いない。
楽しさは、伝播するのだ。マリさんベーカリーの作品が生む空気には温かみがあり、心を満たす多幸感が溢れている。それはちょうど焼きたてパンの香ばしさのように漂って、お客さんの嗅覚をくすぐるのだろう。作品は人をあらわす鏡だなぁと心から感じた。これからモチーフのバリエーションが増えるにしたがって、より多くのファンが香りに引き寄せられるだろう。一度、味わったら虜になる作品の魅力を、ぜひ体感していただきたい。