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「ライブハウスは、音楽にとっての何でも屋でいい」ライブハウス経営者 中井琢也

MUSIC

2019.5.7

両国SUNRIZE、赤坂CLUB TENJIKU(天竺) 2つのライブハウスを経営しながらグッズ製作の会社など様々なプロジェクトをこなす中井氏。

「ライブハウスは変わらなきゃいけない。」

そう話す彼に今後のライブハウスシーンを語ってもらった。

ライブハウスと成長する

たまたま声をかけられたことが全ての始まり

元々四ツ谷に”四ツ谷Fourvalley”ってライブハウスがあったんだけど、ビルの建て壊しでそこが無くなって両国に移ったんだよね。

その少し後くらいに僕が結婚するって話が出てて、じゃあもうそろそろ正社員になれるところを探さないとなぁと思っていた矢先、仲良くしてた両国Fourvalleyの店長さんから声かけてもらって正社員として入ったのが全ての始まり。

当時30って年齢だったんだけど、その年齢になると正社員になることがとても難しくて。そんな時の話だったからラッキーと思ってとりあえずやるだけやってみようって入って。

何もわからないまま制作とかブッキングの仕事を2、3年やって、その時にうまいこと会社の社長に気に入られてライブハウス部の総括部長をまた2、3年。ちょうどその頃Fourvalleyって名前を変えようって話が出たの。

いきなり名前変えたらバンドさんとかも離れちゃうし、あとはホームページとかも全部変えなきゃなんなかったから、それはちょっと防ぎたいねっていうので看板料を払って『Fourvalley』のまま営業してて。

だけどそろそろライブハウス自体浸透してきたと思うから名前変えてちゃんと1から新しく営業しようってことになって今の”両国SUNRIZE”って名前に。

社員に寄り添う社長になる

その頃社長がね、会社を辞めるって言い出したの。え!?ってなって。

いろいろあってもう会社続けられないんだってことを告げられて、でもスタッフもいるし、どうしようって。

俺なんて30歳の頃でさえめちゃくちゃ仕事探しても難しかったから、今からはもう無理っしょと思って。しかも結婚もしてたし、ちょうど子供も生まれるタイミングで。

やばいじゃん。このまま終われないと思ってその社長に頼み込んで、潰すんだったら僕に売ってくださいって。

そしたら普通に売ってくれた。(笑) いいよーって。そんなんだったらタダでもらえたんじゃないの!?って思うくらい軽い感じで。(笑)

それでいざ会社を立ち上げるってなった時に、経営に関して色々教えてくれる人がいて、僕当時は経営のことに関しては全然分からなかったからその人に全部教わって言ってくれること全部やって、超特急でなんとか立ち上がったって形。

そんな形でスタートさせてからもう6年なんだけど、そのまま成り立っちゃってるっていう。だからこれといって大きな変化は僕の中でなくて、”社長”とか”代表取締役社長”っていうのはただの肩書きのような感覚。

スタッフも僕のことを見る目はそんな変わってない。僕自身が何も変わってないからね。

やっぱこういう小さい会社だからこそ社員1人1人の近くにいたいっていうか。社長の名前しか知らない、会ったことない、話したことないっていう会社は少なくないと思うんだけど、うちみたいな会社はいつでも会えて相談もできて愚痴も言えて、一緒に飲み行ったりもして、楽しい職場にしようってやってる。

信じていた人からの裏切り

僕ね、ほとんどストレスがたまらなくて。言うじゃんみんな、「ストレスすごいわー」とか。そういうのが全然無くてね。(笑)

そもそも人が好きだからすぐ信用しちゃうんだけど、でも1回だけ裏切られたことがあって、それが今さっき言ってた会社のことを全部教えてくれてた人。

大きく言えば会社を乗っ取ろうっていう感じ。一応僕が立ち上げたんだけど、その会社がたぶん欲しかったんだよね。

僕は現場に出て、みんなでワチャワチャやったり頑張ってる姿を見てるのが楽しかったから社長になっても今まで通りそうしてたかったんだけど、その人が「だめだ!社長が行ったらみんな気を使って楽しく仕事できない。お前の代わりに俺が現場を見ておくから」って。

当時は何もわからなかったからそれ言われて「あ、そうなんだ」と思って、言われるがまま事務所やライブハウスの清算所みたいなところで居座ってるだけの人になっちゃって。

そしたらその人が「社長(中井)は使えない、何もやってない」って感じで周りに言いふらしてて。経理も俺がやるとか言ってね、それは断ったんだけど。

その僕の陰口聞いたスタッフたちっていうのが元々僕とバンド時代からずっと繋がってるやつらしかいなかったから、あいつ裏でこう言ってますよって直接僕に言ってきて発覚。

それ聞いて俺もキレちゃって、クビ!とか言っちゃったの。会社ってさ、クビとか言っちゃいけないんだよね。当時はそんなこと知らなかったから。

言われたら訴訟を起こせるんだけど、そしたらまあ訴えられちゃって、労基とかああいうところが会社調べに来て。始めたばっかりだったから、だめなところとかたくさんあったのも事実だった。

裏切られた当時はすごい怒って大変な思いもしたんだけど、後々考えてみたらそれもすごくプラスになったなと。訴えられたことでいろんな会社の足りないところが出てきてすごく勉強になったし。

だからそれも全然マイナスではなかったと思ってる。その経験が今の会社に活きてる部分も多いし、何事も考え様だよね。

変わり続ける音楽シーンとライブハウス

ライブハウスとしての苦悩と歩み

今はね、赤坂の街を盛り上げようってプロジェクトもやってて。赤坂って実は元々音楽の街なんだよね。音楽が栄えてた街だったの。

赤坂の事務所の近くにホッピーの本社があるんだけど、その会社に音楽が好きな人がいて、その人が筆頭になって赤坂をもう1度音楽の街にしようってことで”食べ飲まナイト”っていうイベントをここら辺の色んな店舗巻き込んでやってる。

両国はね、打ち上げの時にちゃんことか出したりあの”両国”っていう地域色を前面に出そうって工夫してる感じ。

両国も赤坂もライブハウス自体が全然少なくなってきちゃって、寂しいんだけどでもそれって反対にすごいラッキーだなと思って。
あんまりほら、僕競い合うの好きじゃないから。独自で好きなこともやれるしね。

でも音楽が活き活きしてる環境も好きだからさ、せめて赤坂は昔の音楽の街に戻れないかなって思いでそういうイベントに参加してる。

ライブハウスの今

ライブハウスによって色というかシーンが結構あったりすると思うんだけど、うちのライブハウスは赤坂CLUB TENJIKUも両国SUNRIZEもジャンルとか全く気にしてない。もう本当にどんなジャンルでも、ショーとして出来上がっていればね。

昔はライブハウスの色って店側が作ってたっていうか、ライブ内容聞いてそれはお断りみたいな感じだったけど、結局そういうものってアーティストさんが作るべきだと思ったんだよね。

だからライブハウスの色って毎日違うと思う。そこに合わせられる店じゃないと、もうこの時代通用しないのかなと思って。

主観なんだけど、ライブハウスっていうものはまだ今の時代についていけてないなと思ってる。ライブハウスって個性の強い人間が多いし、今はどんどん若い子も増えてきてはいるけど、僕も43歳になった今でもライブハウスとかめっちゃ行くし。そういう人間って今更変われない部分があると思う。

でもそれをやっぱり仕事にしちゃうと”変われない”では済まなくて、昔のままだと今の時代全く通用しない。

正直汚いライブハウスとか入り辛いもんね。ライブハウスの店員とか気だるげでさ、こんな格好して仕事してんだ超かっけーみたいなの昔はあったけど、今はもうね、絶対行きたくないよそんなところって思う。

時代は大きく変わったんだと思う。どっちかっていうと綺麗な方が絶対いいでしょ。もちろん店の作り的に難しいところもあるけどさ。

そういうことで言えば今できる範囲で1番ライブハウスがしなきゃならないことって、接客。これはどこのライブハウスもできると思う。

僕も色々見に行って思って感じるんだけど、未だにそこがちょっと曖昧なライブハウスって多い。
せっかくこんないいライブハウスなのに店員さん元気ないとか。ドリンク1個買うだけでも、はいって出してくれるのとムスっとされるのも違うからさ。

笑顔がないと来てくれるお客さんだって絶対面白くないしね。それは社員みんなに言ってる。

ライブハウスが変わる時代

今はね、ライブハウスは今の若い子に受け入れられる体制をしっかり整えないとだめだよね。
あと、アーティストに甘えちゃダメ。昔はさ、ライブハウスにお客さんがいたって感じだったんだけど、最近はバンドにしかお客さんがいないような感じ。

別にライブハウスを選ばない今の時代もそれはそれで僕はいいと思ってて、でもライブハウスは来てくれたお客さんをしっかり楽しませて帰らせてあげるのが仕事だしさ。そういう努力をしないと音楽自体が廃れていっちゃう気がする。

だからこそ今すごくそういう努力は必要な時代になって、1回ちょっと変わっていかなきゃならない。ライブハウスが。

ライブハウスは音楽にとっての何でも屋でいい

なんかね、バンドやってる感覚と変わってないんだよね、僕。いわゆるバンドのメンバーと一つのライブをやってるような感覚が近くて、とりあえず解散せずに続けようみたいな。

きっとしっかりした社長さんにはお前何やってんだよって言われると思うんだけど、だけどこれが僕にとっては理想的。
最大限自分が社長として会社の未来を考えた時に1番メンバーの身近にいたい、そして同じメンバーとして俺も一緒にやりたいって感じが強い。

とりあえず今はみんなが楽しくできる職場を持続させる。正直それで今は精一杯だから今後どうしていきたいって大きなビジョンは全然ない。

色んなことチャレンジしていきたいけど、でもほんとに音楽しか知らないような連中ばっかしかいないからうちって。だからこれからも音楽が主になる活動を続けていくって感じかな。

ライブハウスって、何でも屋さんでいいんじゃないかと思うね。アーティストや音楽に対して何でもやってあげる。できる限り何でも。

喜びと比例する責任感

胸を張れるレーベルに

うちの社員がレーベルをやりたいっていうことで”NEON project”ってレーベルを始めて。きっかけはそれだけなんだけど、元々僕自身レーベルをやりたい気持ちは昔からすごくあったし、その社員が育てたいバンドがいるんですって事で僕もちゃんと見て聞いていいと思って、本格的に始まったって感じかな。

今抱えてるのは3バンドなんだけど、やっぱりすごく頑張ってるね。その頑張りが間近で見れて感じられるのは本当に楽しい。

僕も空いてる日はライブ見に行ったりするんだけど、なんか昔の自分たちを見てる感じもしてさ。レーベルやってみて若い頃気付けなかったことがわかってすごく勉強になったよね。やって損はなかった。

その分やっぱね、責任が重いっていうか、それが大変だなとは思う。
一応僕の考えとしてはもうレーベルのアーティストも、ライブハウスのスタッフも正直同じ感覚で会社の一社員だと思ってるから。社員が増えたみたいな。

その子たちを責任持って育ってるって言うか、その子達を絶対裏切らないって意識を常に持ってるから、その責任感はあるかな。今後は”ライブハウス内のレーベル”って胸張って言えるようなレーベルにしていきたいと思ってる。

継続を目標に

やっぱり今後はライブハウスをもっと増やしていきたいよね。みんながやろうぜってなってくれたら。
ライブハウスは増やせるだけ増やしたいとは思うんだけど、結局人が育たないと意味がないから。
だからまずは人かな。人との関わりを深くして、育てて、みんなで頑張っていく。

土地的には1店舗赤坂にとは思ってて。赤坂をまた音楽の街にしたい気持ちは強いから。
両国は両国で他にはない独自の道を歩んで、これからも僕たちらしくやっていきたいな。

社員みんなが健康で一緒に頑張れて、それでいて楽しいと思ってもらえてたらいい。そうやって音楽でこれからも生き抜いていきたい。

みんなが健やかで、僕も健やかで、全員が楽しめる環境を継続していきたい。

 

成長し続けるライブハウス

ひょんな事から会社を経営する事になった中井氏。

どんな事もプラスに考え、そして経験として活かしていく。

インタビュー中何度も「僕なんて」と話すその謙虚さと大らかさ、そして親しみやすさを持つ彼はきっとこれからのライブハウスシーンを作っていく大切な1人だ。

そんな彼と彼の仲間が作り上げるライブハウスの成長をこれからも応援していきたい。

INFORMATION

赤坂CLUB TENJIKU 

両国SUNRIZE

株式会社ニーノ

NEON project

G-ichi(ギチ)

caramell

DAZEBAND

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