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幼い頃からの夢を叶えたマスタリングエンジニア 橋本陽英

MUSIC

2019.6.9

マスタリングエンジニアとは、CDの制作工程においてプリ・マスタリングとよばれる作業に従事する音響技術者の一形態である。

あまり世に知れ渡っていないこの仕事だが、CD制作において欠かせない存在である。

どんなアーティストの意見も理解しようと寄り添う気持ちを大事にしている橋本氏。

そんな影の重役とも言えるこの仕事への熱意や苦悩をひとつひとつじっくり語ってもらった。

マスタリングエンジニアとして歩む

何の知識もなかった

元々機械が好きで、戦艦ヤマトみたいな機械に囲まれた空間で仕事したいなとは小さい頃から漠然と頭にあったんだよね。押し入れにおもちゃのボタンとかいっぱい並べて遊んだり。

その延長線で高校生の時に”サウンド&レコーディング・マガジン”っていう雑誌の創刊号を買ったの。

本当の、1番最初のきっかけとしてはそれかな。機械に囲まれてる写真の表紙に惹かれて。

でもその頃は本当にまだ音響に関して何の知識もない状態だった。
バンドもやってたんだけど、音響の専門的な知識は全然なくて、雑誌に載ってるのを読んで新鮮に感じてた。

それで高校卒業して音響の専門学校に入ったんだけど、僕が卒業するくらいの時にCDが普及し始めてマスタリングっていう仕事があることを知り興味を持った。

卒業後は音楽関連のテープ屋さんにいたんだけど、その関連会社にマスタリングのスタジオがあって、そこになぜか潜り込めたんだよね。エンジニアをずっとやりたいって言い続けてたら、入れてくれて。

でもほんとはマスタリングとしてじゃなくて別のエンジニアとしてだったんだけど、会社の上司がマスタリングも覚えちゃえばいいじゃんって言ってくれて。

あんまりその頃はマスタリングが普及してるわけじゃなかったから、そのとき声かけてくれた人が僕にとっての”マスタリングの先生”っていう形になった。

マスタリングエンジニアとは

未だに多分マスタリングエンジニアって仕事は世の中ではあんまり知られてなくて、どんな仕事?って聞かれるんだけど、ぶっちゃけまだ一般の人にわかりやすく説明する事が出来ないんだよね。

僕がマスタリングやり始めた頃とにかく求められてたのが”音圧を上げろ”ってことだったから訊かれたら”音圧を上げる仕事”って言ってたんだけど、当然そういう事だけではなく。

いじらなきゃいけないみたいなところがあったから色々加えたりしてたけど、それじゃ本来の良さを消すこともあって。

そのうち全てをいじる前提でやらなくていいってことに気がついたんだよね。料理に例えるとこれおいしいんだったらそのまま、ちゃんと素材のまま届けるのもいいじゃんみたいな。そうやって考えがすごくシンプルになり、自然と行き着くべきサウンドがイメージ出来るようになった。

マスタリングをしている中で意外と難しかったのはいかに客観的に音を聴けるかっていう事。長時間に及ぶ作業の時なんか特に。ちょっと休憩入れたりとか、外の空気を吸ったりして1回耳をフラットにしてできるだけ客観的に聴く。で、何がベストかを改めてちゃんと見極めようって感じ。

もちろん作業してる時はそれがいいと思って手を加えてるわけなんだけど、そうやって工夫して少し距離をとって音を聴くと、今までとは違う風に聴こえてやり直してみたり。

シンプルな気づきができるのって客観的にその音楽を聴いた時なんだよね。それがマスタリングする上でとても重要。

いじったり音圧あげることだけが仕事じゃないって思い始めてからは、”音を仕上げる仕事”。聞かれたらそう答えてる。僕もまだ模索中だから来年はまた違うこと言ってるかもしれないけど。(笑)

試行錯誤し技術を作り上げる

マスタリングの仕事として、日本の場合まず最初は編集をして工場に入れるための作業っていうか、すごくシンプルなこと言われてたの。最初はそれでよかったんだけど、段々色んな要望が出てくるようになって。ミュージシャン側から。

もっとこう外国の音みたいになんねえかなとかさ、そういう要望の中で段々こういう風にしていこうみたいな。試行錯誤だった。

その頃って結構おおらかな時代で、色んな人からアイデア貰って海外の情報仕入れたりとか、エンジニアさんも立ち会ってくれてたからみんなでこうやったらいいんじゃないかなとか相談して作ってたんだよね。

失敗っていうよりも、至らなかったっていう感じ。今思うと本当至らないことばっかだったんだけど、それを少しずつ経験として積み上げていった形かな。
そんな感じでやってたらいつの間にか30年経ってた。(笑)

盤で聴いてほしい

ミュージシャン含めみんなで頑張って仕上げてるからさ、できれば盤で聴いてほしいっていうのはあるんだけど、最近はもうプレイヤー持ってる人の方が少ないでしょ。っていうことは僕達が一生懸命こうやって作ってるものってそのまま聴かれてないことの方が多いんだろうなって。

聴ける環境がなくなってきてるもんね。

でもそこをなんとか工夫して盛り上げられないかなって思ってる。音源渡して「じゃあ後でパソコンに入れて聴いとくね」とか寂しいじゃん。

先日レコードのカッティング現場に行ったんたけど、あれって本当に音楽を刻み込むって作業なんだよね。
CDに比べると回転スピードもゆっくりなんだけど、すごい綺麗な音で刻まれるんだよ。

それも今流行ってるでしょ、レコード。面白いよね。原点に戻ってるのかなってちょっと思うんだよね。

あとレコードって、これから音楽を聴くっていう姿勢から他とはちょっと違う気がする。

レコードを丁寧にターンテーブルにセットして、そっと針を落とすって工程、それがこれから音楽を聴きますっていう儀式というか作法というか。そういう姿勢もあり音楽がより耳に入ってくる。レコードにしろCDにしろ盤にはミュージシャンの意図や拘りが刻まれているので、まずは盤で作品を通して聴いてほしい。

音楽がどのような環境で聴かれているかの現実、これは音楽業界全体が油断してたところも少なからずある。いい音楽は昔と変わらずいっぱい生まれCDも作ってるけど、じゃあ実際にCDプレーヤー持ってる人ってどのくらいいるのとか、ちゃんと盤を聴いてもらうための工夫や提案はしてるのか、とか。

パソコンにだってCDを読み込む装置が付いてないような時代だから難しいとは思うんだけど、もしかしたら作る側の認識とか提案も含めまだ出来ることがあるように思う。まず盤を聴いてもらわないとね、この仕事である限りミュージシャンの音楽をリスナーにちゃんと聴いて楽しんでもらう為の努力はし続けなきゃいけない。

やっぱりこのまま届いてほしいって思いがあるから。何回も何回もCD回してさ、刻み込んでほしいって思っちゃうねどうしても。

新たな試み

ミュージシャンに寄り添って考えてみる

やった仕事には全部思い入れがある。初めてやった仕事も今の仕事も。全部。
めちゃくちゃマスタリングに思い入れがあって3日間かけた人もいるし。ミュージシャンのこだわりって奥が深いんだなっていうことをやっぱりすごく思ったよね。でも、あっさりしてる人も結構いたりして。

だからそういう時に気付いたのは、スタジオに来て立ち会って音を聴いても、もしかしたら分かり辛いのかなって思った。
聴き慣れた環境でもないだろうし、自分たちの思いをどういう言葉にして伝えたらいいかとか難しいのかもしれないって。

そう思ってからはどうやったら分かりやすくなるかなって模索して、今は事前に音源をもらって、それを僕なりにこうやって仕上げようと思ってるよって音源にしてまた返して、それを普段聴いてる環境で本人に聴いてもらうっていう形をとってみた。
まあ手間といえば手間なんだけど、後からやり直しとかがすごく減ったから今のところいい試みかなって思う。

でもね、基本的にミュージシャンとはたくさん意見を交わし合いたいと思ってるから、何でも言ってほしいって思うね。できるだけミュージシャンの頭の中のものを実現したいから。
マスタリングに立ち会ってほしいのはもちろん、迷わず色んなことを言ってほしい。

何か思うところが少しでもあったら抽象的でもいいから伝えてほしいなって思う。

全然専門的な言葉じゃなくていい。もっとここはパンチがほしいんですとかね。
印象的だったのは”ここは油田を見つけたようなサウンドにしてください”とか。(笑)
“ディズニーランドで言うと、この曲はホーンテッドマンションのここら辺なんです。1つ角曲がったところのここなんです”とか。

なんかそんな感じなんですって言われたときに、わかんねえけどちょっとやってみるねって。それも楽しいの。

それを言えばオーダーの仕方で1番嬉しいのは、俺たちの音楽を1番いい感じにしてくれみたいなのが来ると気持ちが入りやすいかな。他のミュージシャンの何とかみたいにっていうんじゃなくて、自分達の良さを全部出してみたいな。

全力で魅力を引き出そうと頑張っちゃうね。

実はシンプルな仕事なんだよ

さっきもちょっと言ったけど、マスタリングは絶対音をいじるって仕事じゃなくて、僕は音源渡された時点でもう99%仕上がってると思ってるから。

仕上げる事で出来上がったものが自分の音とかいう気持ちは全くなくて、そこまでやってきたそのミュージシャンのサウンドは一緒にやってきたエンジニアとか、ディレクター、プロデューサーが膨大な時間をかけて作ってきた結晶。

それを仕上げる仕事だからここまで大事にしてきた事を可能な限り壊さず、必要な処理を施す。その上でこういう風にすればちゃんと狙い通りのところに着地できるよって提案やアイディアなんかも準備したりしてより良い作品に仕上がればいいなと。

そもそも音源が工場に行ってエラーなどを起こさず、お客さんの耳にちゃんと音を届けるのが1番大事だからね。実はシンプルな仕事なんだよね。

独立のきっかけ「ただ恵まれてた」

独立したのはね、17年前。だから今もう18年目だね。
独立する前にいた会社で幾つかマスタリングスタジオがある中で1つがもういらないって状況になって、ここどうする?って。

そしたら上司が、ここのスタジオでやってみる?って言ってくれたの。

もう「すぐにやります!」って答えて。すごく優しい会社ですごくお世話になってた上にいい機材をいい条件で譲ってくれたりして。
でもその会社からしたらライバル会社になるわけじゃん。うちが。

なのにそういう僕の独立の流れを作ってくれて、本当に感謝してる。恵まれてた。

数年後そのスタジオが移転にともない壊すって話になって、その時思った。
やっぱりスタジオがなくなるのって悲しいんだよね。「ああ、ここであの人と仕事したな」とか。
そこにはいろんな音が染み付いてるから。

それがなくなっちゃうっていうのは1番避けたいことかもしれない。
だからライバルが増えるとかそういうのは関係なしに、スタジオが続くのならそれでいいかなって。
結局壊さない事になって、今も同じビルで仲良く同居してます。

最近はホールとかライブハウスとか変わっちゃうっていうか無くなっちゃうとこも多いけど、そういう話を聞くとやっぱりちょっと寂しい。場所が移転するのでさえ寂しいね。

僕がそう思ってるようにスタジオで音鳴らしてくれてたミュージシャンたちも同じように思ってくれてるのかなって。
そう考えるともう少し頑張ろうって思う。あと3か月頑張ろうっていうのが今もまだ続いている感じなの。(笑)

続いていく挑戦

耳だけじゃなく他の五感でも

自分のスタジオに関しては、今後もずっとなんだろうけどやっぱりその時1番いい機材にしておきたいって思うね。
なるべく音が綺麗に出るようなものに。それと、付加価値がほしい。

外で音を聴かせたいなって。こういう籠ったスタジオで聴くのだけじゃなくてね。耳だけじゃなく、他の五感でも音を感じてほしいってところはある。

例えば、最後に通し聴きする時にすげえ星空が見えるようなところで通し聴きさせてあげたいなとか。

どっかツアーの途中にこういうスタジオがあって、行く時に音源もらって、帰るときには俺がもうほぼほぼ仕上げておいて、それで視聴してなおかつ1泊泊まれるようなスタジオができたらいいなとか思ったりする。

音だけじゃないなんかね、そういうのができたらいいなっていうのは思うけどね。

昔のこと思い出すきっかけを作るのって音楽とさ、匂いなんだよ大体。
聴いたらいつでもあの頃に戻れる曲って誰にでもあるじゃない。

だからそういう田舎とかでスタジオできたら、牛の匂いとかさ、草の匂いとかさ、そういうのがこう一緒にその音楽と入っていくのもいいかなって思う。

全く新しい視点で考えて感じて、音を聴きたいな。

この30年で感じたこと

こう何年もやってきて色んな人と出会ってそれぞれの感性を音にしてきたけど、やっぱりね、人との繋がりやコミュニケーションで成り立っている仕事だなぁと思う。

思いを言葉にして伝え合わないといいものって生まれないから。

僕がマスタリングを始めた頃は、本当技術が追いついてないような時代だったからもう全部が試行錯誤の連続だったんだけど、その度色んな人にヒントもらったり助けてもらったりして乗り越えてきたから。

そうやってみんなで頑張ってマスタリングという役割の基準をこの30年で少しでも築けてこられたのかなって思うと、嬉しいね。やってきてよかったと思える。

僕がやってきたこの30年でレコードはCDになり、今やCDは盤も持たずにデータだけで聴けるようになって、この先もどんどん変化していくと思うんだよね。そういうことに関しては不安もあるけど楽しみでもあるから全然マイナスじゃない。

この30年で試行錯誤がやっと終わったとか思うんじゃなくて、音楽を聴く環境の変化にも食らいついてさ、これからも色んなことを乗り越えていけたらいいなと思う。

小さい頃の夢を叶えた

今回のインタビューを受けて「そういえば夢叶ったのかもしれないね」と笑いながら話してくれた橋本氏。

彼の夢は”機械に囲まれて仕事をすること”だった。その夢に向かってひたむきにというよりか、自然とその夢を追って経験を積んでいたように感じる。

なるべくしてなった彼の夢のマスタリングエンジニアという、音を作る上で欠かせない役割を持つ重要な仕事はこれまでも音楽業界の時代の変化に食らいついてきた。

そんな苦難や苦労を乗り越えた彼の今後の目標や新たな夢にこれからも期待しつつ、見守っていきたいと思う。

INFORMATION

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