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「計画的に自分のペースで」コンポーザーとしての目標を叶えたRockwell氏

MUSIC

2019.1.18

バンドを経験してから後にコンポーザーへと転身したRockwell氏。

作曲はもちろん、作詞なども担当している彼に『コンポーザーとして生きていくために必要なこと』を訊いた。

母の影響で入った音楽への道

こいつはすごくダメな人間になる・・・

幼稚園に入園するくらいの頃。姉が習っていたピアノに少し興味があったので、一緒にレッスンについて行く事がありました。当時は姉が弾くピアノが楽しそうに見えて、自分も一緒にレッスンを受けることになりました。

その後半年も経たないうちに毎週のレッスンが苦痛になりあっさり辞めてしまいました。

今思うと姉が楽しそうな事してるのに自分も加わりたかっただけで、いざやってみると退屈だったんだと思います。

その後音楽に興味を持つことなく勉強嫌いな僕は、家でゲームばかり少年となりました。

その頃から母親は「このまま、ほっといたら多分こいつはすごくダメな人間になる」と思っていたそうです。

ゲーム以外に興味を持てば何かが変わるのではと考えた母に「ギターをやってみないか?」と提案されました。

家には親戚から貰った古いクラシックギターがあり、ピアノよりかっこいいかもと薄っぺらい理由で始めました。

それで2ヶ月くらいですかね、ヤマハの音楽教室みたいな所に通って、コードの読み方とストロークの方法を習いました。「ギターが楽しいな」って思ったのはその時でしたね。

確か始めてコピーした曲はミスチルだった気がします。姉がずっとピアノやってたんですけど、鍵盤を弾く音が嫌でも聞こえてきて、なんとなく音感みたいなのが今思えば鍛えられてたのかなって思います。

それで福岡の音楽専門学校に入学するんですけど、僕はギターの専門コースに入りたかったんです。でも親から「ギターのことを勉強するのはいいけど、将来就職できるの?」って反対されてしまい・・・

それでしぶしぶ「PAコース」っていうエンジニア系の学科に入りました。最初の面談の時に「他の科の勉強もできるから、メインで学ぶ学科じゃない授業も受けていいよ」って言われてたんで「ついでにギターも習おうかな」って思っていましたね。

ギターの先生に「どれぐらいの割合で習いたいの?」って聞かれたから「100%ギターをやりたいです」って答えたら「もう専攻した方がいいよ」って(笑)。

それで親には黙ったままその日のうちに転科して、そのまま半年ぐらい通ってたら、実家に成績表が届いちゃって(笑)。

親には「まぁ、お前ならやると思ってたけどな」って言われて許してもらったから、その流れでギターを専攻し続けた。でも実は専門学校に入る前ぐらいから、なんとなく作曲家になりたいなぁって思っていました。

他人に何か教えるのとかはあんま好きじゃないから、ギターの先生ってのは考えられなかったんですけど。

それとサポートギタリストもなんか違うなぁって。スタジオ入って、みんなでセッションしてる間は楽しいんだけど、それは趣味の範囲でおさまるし、いつでもできるから仕事にしなくてもいいって思ったんですね。

結局、曲作りを1人で全部やりたいっていう気持ちが強かった

専門を卒業していくつかのバンドを経験して、最終的に一緒に上京しようって思えるメンバーと知り合いました。

その時に組んでいたバンドで「売れたい」と言う気持ちもありましたが、作曲家になりたいという想いはずっとありました。

作曲をすることが出来たら作曲家を名乗る事が出来ます。スキルを磨いて曲を作り続けていれば、仕事として依頼を受けて作曲する事だってあると思います。ただやはり安定して仕事の以来を受ける事、頂いた報酬のみで生活をしていく事の難しさはあると思います。

まずは自分の価値を上げる事から始めようと思いました。バンドという形はスキルを磨きつつ人脈を広げる事に適していると思います。更にライブを通して曲の展開や構成をより深く突き詰める事ができました。現場の声や空気感はその瞬間にしか感じる事が出来ないし、直接受け取ったからこそ当時の音源にも直に反映されてたと思います。

バンドの活動自体は常に忙しいと言えば忙しかったとは思いますが、あの頃はそれが普通になってました。その忙しさがあったからこそ今があるんだと思います。

そんな中、RED BULL主催のイベントで優勝したことをきっかけに、NYレコーディングやSUMMER SONIC・KNOTFEST JAPAN出演といった、一人では到底出来ない経験をさせてもらえました。

バンドの可能性も感じつつ作曲家になりたい願望は大きくなる一方で、忙しくなるバンド活動と比例して「一日中家でずっと曲を作りたい」という想いが強くなりました。遠征やスタジオまでの移動時間、ライブのリハから本番までの待機時間も全部制作活動に充てたらもっとたくさん曲がかけるかも。

面白いアイディアも詰め込めるかも。バンド以外の曲だってかけるかもと。結論から言うと出来ない事はないなと。

ただ自分の引きこもり体質がその答えを受け付けませんでした。

自分のペースで自分の好きなように曲を作り、実験的に音を重ねて編曲して完結させる事。多分なんでも屋さんになりたかったんだと思います。

 バンド経験を経た後に自分で切り開いたコンポーザーとしての道

僕はただツイてるだけだと思ってます

バンドをやっていた時とかの繋がりもあって、今はいろんな方からコンポーザーとして依頼を頂いているのですが、それは僕はただツイてるだけだと思っています。今、いろんな仕事をもらえてるのも運がよくて人に巡り会えているっていうか。ここまで真面目に頑張ってよかったなって思いますね。

本当に人に恵まれてるなあと。バンドの時に知り合った、バンドマンとか関係者とかお客さんまで……いろんな繋がりが今になって自分に返ってきてるのは感じますね。実はバンドやってる時、ほんとにめちゃくちゃ辛かった時期もありました。

「もう辞めようかな」「逃げようかな」みたいな気持ちにもなったことあったんですけど。次のステップのこととか周りの人のことを考えてたら、そんな考えもなくなったんですよね。

人間って、結局いろんな責任を自分でとりながら生きていかないといけない。だから辛くても頑張るって、やっぱり大事なんだなって思います。辛い時期もちゃんと前向きに生きてたから、今プラスになってるのかもしれないなって。マイナスだった時期がプラスに変わっているのは感じます。

作曲家として最初からこういう道に入った人に比べて、僕はこの歳でやっと仕事をもらえるようになりました。これは本当にありがたいことです。だから遠回りしたなんて気もしないですね。バンドの時期を経たからこそ、今の自分があると思います。

ルールみたいなのを解釈して、そのルールのなかで音を当てはめていく

案件内容は様々で、アイドルやバンド、ソロボーカリストやボーかロイド等の作曲編曲が主で、作詞をさせて頂く事もあります。作詞に関してはまだまだ経験が少ないので手探りな部分もありますが、根本的なものは作曲編曲に似ている気がします。

作詞をするようになってから誰かの曲を聴く際は、どんな音でどんな構成でどんな重ね方をするのかに加えて、どんな言葉で歌うのかを気にするようになりましたね。

歌いだしやサビ頭にはフック強めな単語を選び、実際に仮歌を入れてみて歌い辛い単語の取捨選択をする事と、ギターのフレーズやドラムのフィルのニュアンスを調整することは通じているとも思っています。

「○○風のアレンジを」と依頼があれば、古い物から最近の○○風の曲を聴いてルールを探します。

自分なりにルールを解釈して、そのルールの中で音をはめていきます。

その繰り返しの中で自分の引き出しに色んなパターンが収納されていくので、他の曲で応用する事もあります。

マイペースなんだよね。自分のペースを崩されるのは好きじゃない

どの作業をやるにしても、全部楽しいんだよ。 特定の瞬間が楽しいわけじゃなくていつも楽しい。作品が完成するまでの時間も楽しいし、完成した後スピーカーから流れる音を聞いた時もやっぱり「ああよかったな、じゃ、次も頑張ろう」って思える。辛いことといえば納期くらいですかね。

あとは生活のリズムが一定しない仕事だと思います。夜型と朝型がクロスする。納期とか自分のテンションによるけど、ころころ変わっちゃうんですよね。

「明日までに」とか言われたら夜通し作業して朝10時ぐらいに納品して、ちょっと寝て、みたいな感じです。

どこかのタイミングでリズムを戻そうとして、無理して日中ずっと起きてたりするときもあるしね。だから、曜日の感覚が全然わからないです(笑)。

バンドをやっていた時は「売れないと」とは思ってましたが、今は「有名になりたい」という願望はそこまで強くはないです。あくまでも僕自身が個人的に好きでやってる事が仕事になっているので、仕事をもらえてるだけでありがたいですし、色んな曲に関わる事が出来て毎日が楽しいです。

やっぱり作曲したり編曲したりあれこれ考えたりしたモノを形にするのが好きで、これからもずっとこの仕事を続けていけたらなって思います。

あくまでも自分の身の丈にあった仕事をやって、無理せずのんびり生活していけたら最高ですね。基本的にマイペースなので。

「誠実になること」は常に大切にしてる

月の仕事量はバラバラですが、少なくても3~4個案件抱えてていきなり増えたりもざらにあります。

この仕事をするにあたって「誠実になること」は常に大切にしています。受けた仕事はちゃんと全力でやる。適当にごまかすなんてもってのほかです。どんな仕事をやるにしても、甘えが生じた時点で信頼が一回崩れて、そこで築き上げてきたものが全部終わっちゃいますからね。

「モノを作る仕事」ってどの業界でもそうだと思うんですけど、一度問題になると、取り返しがつかないことになります。そこだけは気を付けた方がいいなと。あとは嘘をつかないことも重要だなとも思います。常に正直に誠実に、楽しんで仕事を進めています。

「計画的に自分のペースで」

「人に流されずに、自分のペースでやっていきたい」その言葉が印象的に響いた。

SNSが流行し、他人の行動が手に取るようにわかる現代社会だと、どうしても他人のことが気になったり、マイペースが崩れてしまいがちになってしまう。

しかし彼は決して人の動向に左右されない。これは夢を叶えるためにRockwell氏が自分で考え付いた思索なのだろう。

これから、日々色んな場所で彼が創りあげた音楽が聴けることを楽しみにしたい。

INFORMATION

オフィシャルHP

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